1980年に開業以来、永らく新宿の名所として親しまれてきた新宿アルタが、2025年2月末をもって営業を終了することが発表されました。
新宿アルタと言えば、新宿での待ち合わせ場所として、またあのTV 番組の放送場所として新宿にあって当たり前の存在でしたが45年の歴史に幕を下ろすことになります。
そこで今回はそんな新宿アルタの歴史を振り返ってみたいと思います。
新宿アルタの歴史
新宿アルタが開業したのは1980年。
かつてこの場所には、食料品の卸加工、販売をしていた三越グループの二幸ビルがあり飲食店が入っていましたが、1978年に全面閉店。
その跡地に、フジテレビと三越そしてTV東京が共同で出資してできたのが新宿ALTAでした。
当時の名称は「新宿情報ビル・スタジオアルタ」。
ちなみにALTAの名前の由来は英語の「オルタナティブ(ALTernAtive)で「既存のものに対する新しいもの、常に新しいモノを発信する」という意味合いで名付けられたそうです。
新宿アルタの特色は?
新宿アルタの地下2階より6階は三越・伊勢丹グループが運営するテナントで、若者女性用ファッションや雑貨専門店が入りました。
また1階、2階にはステージが設置され「東北新幹線開通記念式典」や映画「セーラー服と機関銃」の公開イベントなどが行われました。
そしてなにより特徴的だったのは、7、8FにTV放送に対応したスタジオがあったことで、新宿駅東口に面した大型ビジョンを設置したことでした。名称はアルタビジョンで今とは違ってモノクロ画面だったようです。
そして7、8階の多目的スタジオではCMやテレビ番組、映画などの収録撮影も行われました。
『笑っていいとも!』で有名に!
しかし新宿アルタの名前を全国的に知らしめたのは何といっても1982年10月より始まったフジテレビの『森田一義アワー笑っていいとも!』(通称「いいとも」)の公開生放送でしょう。
『森田一義アワー笑っていいとも!』はフジテレビ系列で2014年の4月改編期まで、31年半にわたって通算8054回も放送されてお昼のテレビ番組の代名詞的存在となり、毎日7階のスタジオより生放送されたことで、新宿アルタの名前は全国に知れわたることになりました。
営業終了の理由は経営不振?
2025年2月末の営業終了について運営会社の三越伊勢丹は詳細な理由は発表していませんが
- 2006年には新宿駅東口に再開発された駅ビルに若者向けファッションビルができたことや、周辺にもファッション店が多く開店したことで若い客層が減ってしまったこと。
- 2016年3月でスタジオ事業が終了し、使用料収入が無くなったこと。
- ビル自体の老朽化。
- オンラインストアでの顧客開発を中期目標とする運営会社の方針にそぐわなくなったため
などが原因だと言われているようです。
跡地はどうなるのか?
新宿アルタの跡地の具体的な予定については、3月23日時点で公式な発表はされていないようです。
まとめ
昨今、都市開発の波が進み、長年親しんだ街並みがどんどん変わっていくような印象を受けます。
中野サンプラザや東急渋谷本店などとともに、今回の新宿アルタの閉店もひとつの時代の終わりの象徴なのかもしれませんね。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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